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室町幕府8代将軍足利義政が
1482年(文明14年)から東山の山麓に
東山山荘(東山殿)の造営を始めました。
義政は工事開始の翌年である1483年
(文明15年)ここに移り住み、足利義満の
鹿苑寺(金閣寺)ほどではありませんが
ある程度政治的な采配を執っていました。
東山殿には会所、常御所(つねのごしょ)
などの大規模な建物が建てられ
造営工事は義政の死の直前まで8年に
わたって続けられましたが完成を
見ることなく、完成の前年の1490年(延徳2年)
他界しました。
同じ年の2月、他界した義政の菩提を
弔うため東山殿を寺に改め、相国寺の
末寺として創始されたのが慈照寺です。
「銀閣」という名前は西の金閣寺(鹿苑寺)に
対しての慈照寺の通称名です。
しかし、金閣寺と同じように銀箔を貼ったという
痕跡はありません。
慈照寺の庭園は錦鏡池(きんきょうち)を
中心とする池泉回遊式庭園で多くの名石や
名木が配され、「苔寺」の通称で知られる
「夢窓疎石」作の西芳寺の庭園を模して
造られたと思われます。
しかし、江戸時代に大幅に改修されており
創建当時の面影はかなり失われていると
されます。
「銀沙灘」(ぎんしゃだん)や「向月台」と
称される2つの砂盛りも、今のような形に
なったのは江戸時代後期とされています。
現存する当時の建物は、銀閣と東求堂のみに
なっています。
※上記の各場所や施設には駐車場はありますが
いずれも規模が小さく、駐車できるスペースが
限られています。
春秋の観光シーズン、特に土・日・祝日には近くの
道路は車で大渋滞になり、目的地に到達するまで
相当の時間を要します。
出来るだけ公共交通機関の最寄の駅から徒歩で
行かれるようお勧めします。
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