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時代祭り 勤皇鼓笛隊
明治を迎えた初期の京都は、蛤御門の変と、勤王派と佐幕派の戦い
戊辰戦争で京都の町の中心は殆ど焼失していました。
そのうえ、都が東京に移されたため、それまで京都に居をおいていた
天皇や公家がどんどん東京に移り住み始め
それに連れて、天皇や公家、貴族に仕えていた使用人や、職人はじめ
一般の庶民も続々と東京へ移動し始めました。
そのため、明治時代初期の京都は御所周辺をはじめ、町全体が急激に
寂れて、火の気が消えたような寂しさが漂うようになっていきました。
そのため、京都市民のあいだからこのまま京都の街が衰退することを
心配し、文化や産業の振興を呼びかける声があがりはじめ
衰退した京都は再興に向けて徐々に動き出しました
文化の面では、それまでの町・組を学区制に改変し
日本で始めての小学校を開きました。
また明治4年には京都博覧会を開催し産業の発展と振興に務めました。
新京極を誕生させ市民の娯楽の場としたり
◆琵琶湖疏水の建設

疏水の十国船(伏見) |
京都の総合開発の目的で大津の琵琶湖から京都の伏見までの
琵琶湖疏水を建設して水力発電を行なうなど、
都市基盤の整備にも積極的に取り組んでいきました。 |
◆京都駅の誕生
明治10年には、二階建てで赤煉瓦造りの初代の京都駅が誕生しました。
その後建て替えたり、火災に見舞われたりして
平成9年に現在の京都駅が4代目として建造されました。
東西470メートルありホテル、デパート、劇場などを備えている
近代的な駅ビルです。

現在の京都駅 |
◆京都の市電誕生
1895年(明治28年)琵琶湖疏水の建設で出来た電力を使って
全国で始めての路面電車が走り始め、明治45年には京都市によって
市電が開業しました。
チンチン電車と言う愛称で市内を走り始め、大正、昭和と市民に親しまれてきましたが、車社会の発達とともに徐々に姿を消していき
昭和53年には前面的に廃止されました。 |
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◆平安神宮の創建
同じ年には、平安遷都1100年を記念し桓武天皇を祭神として
「平安神宮」が創建されました。平安京時代の政庁の朝堂院の
8分の5の規模で再現され、京都の名所のひとつになりました。
京都三大祭のひとつ時代祭は平安神宮の祭礼です。
◆京都御苑の整備
明治時代から人工的に整備されていき、現在は豊かな自然の
宝庫となっています
京都御所、仙洞御所を囲み、周囲4キロメートルの緑豊かな
国民公園です。
蛤御門
◆京都国立博物館の開館
1897年(明治30年)に開館し、考古学の資料や古美術品、
文化財などを公開しています。
◆京都国立近代美術館の開館
昭和42年に開館し、京都や西日本の美術などを中心に展示しています。
◆京都文化博物館の開館
昭和63年、平安遷都1200年を祝う記念事業として、開館しました。
模型を展示したり映像を使って、京都の歴史、文化、美術工芸品などを
わかりやすく紹介しています。

京都文化博物館
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