スポンサードリンク
|
|
座禅をもって釈迦の悟りへの道を体験し仏への心を目覚めさせる
というのが臨済宗の教えです。
京都には多くの臨済宗の寺院があります
その中から有名な寺院を紹介していきます。
■金閣寺(鹿苑寺)

回遊式の庭園である鏡湖池の周りには大小の島や、数々の
名石を配し、そのほとりに三層の宝形造の金閣が
そびえています。
三島由紀夫の「金閣寺」、水上勉の「金閣炎上」という小説にも
なった金閣寺は1950年(昭和25年)に炎上消失しましたが
1955年(昭和30年)に再建されました。
室町三代将軍足利義満の別荘の北山殿を義満の死後
禅寺にした寺院で、臨済宗相国寺の山外の塔頭です
舎利殿の金閣が有名なため、普通は金閣寺と呼ばれていますが
正式には義満の法号であった鹿苑院殿にちなんで
「鹿苑寺」(ろくおんじ)が正式の名前です。
※塔頭(たっちゅう)
禅宗の寺院で弟子が師の死後、遺徳をしたい
同じ敷地内に建てた子院
■銀閣寺(慈照寺)
室町八代将軍足利義政の別荘の東山殿が、義政没後に
臨済宗相国寺派の禅寺となり、義政の法号である慈照院に
ちなんで慈照寺と名付けられました。

東求堂
二層の宝形造の銀閣が有名なため一般には銀閣寺と
呼ばれています。創建当時12棟あった建物は現在は
銀閣と東求堂のみになっています。
庭園は、白砂を盛り縞模様をつけた枯山水の「銀沙灘」と
白砂を180センチの高さに円錐状に盛った
池泉回遊式の「向月台」の二つの庭園があります
■天竜寺
臨済宗天竜寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の
慰霊のために建立された禅寺で最盛期には100以上あった
塔頭は兵火でほとんど消失し。現在の建造物は明治時代に
再建されたものです。
嵐山と亀山を借景にした庭園はわが国で最初に特別名勝に
指定された池泉回遊式の庭園です。
■建仁寺
臨済宗建仁派の大本山。中国の百丈山をまねて建立された
京都で最古の禅寺です。
国宝の屏風「風神雷神図」は国宝です。
山水図 花鳥図 雲龍図など数多くの書画が保存されています。
■東福寺

臨済宗東福寺派の大本山。
摂政九条家の菩提寺として建立された京都最大級の寺院です。
三門は国宝、禅堂は重要文化財に指定されていて
いずれもわが国最大最古のものです「五百羅漢図」も重要文化財に
指定されています。
広大な寺内にある渓谷は紅葉の名所として有名です。
■南禅寺
臨済宗南禅寺派の大本山。
足利義満によって五山の上とされ、武家の信仰を集めました。
高さ22メートルの三門は、日本三大門のひとつで
歌舞伎で石川五右衛門が「絶景かな」というセリフが有名です。

■大徳寺
臨済宗大徳寺派の総本山。
境内に別院2ヵ寺と塔頭20以上を数える大寺院です。
足利時代には冷遇されていましたが、応仁の乱後一休宗純が
住職となり、堺の豪商尾和宗臨や連歌師の宗長などの援助や
千利休の帰依を受けるなどして再興されました。
1582年(天正10年)豊臣秀吉が織田信長の葬儀を行い
菩提寺を建立しました。
■高台寺
豊臣秀吉の没後、正室の北の政所が、徳川家康の援助を受け
東山山麓に建立した秀吉の菩提寺です。
度重なる火災などで当時の姿を残しているのは
表門、開山堂、霊屋、観月台、茶室の時雨亭、小堀遠州作の庭園
そして搭頭の円徳院のみです。方丈も大正時代に再建されました。
高台寺と円徳院の間の散策道は「ねねの道」として有名です。
※山門
寺院の正門を「山門」といいます
禅宗の寺院では「三門」と呼ぶこともあります
※方丈
畳四畳半の広さの部屋
禅宗などの寺院建築での、住職や長老の居所
|