建築

建築様式

京都の建築様式



京都の建築様式は
平安時代の「寝殿造り」、室町時代の「書院造り」
桃山時代の「数奇屋造り」の建築や茶室の建築など時代ごとに
様変わり進展していきました。


 ◆寝殿造

平安時代の皇族や公家、また武家の屋敷などの建築様式を
「寝殿造」といいます

敷地の中央に寝殿と呼ばれる母屋を南向きに配置し
北側と東側そして西側には対屋と呼ばれる建物を建て
寝殿と対屋の間を渡殿という廊下で結び、寝殿の南側には
池がある庭園を配置するというのが寝殿造の建築様式です。

この寝殿造の建築は鎌倉時代になると、だんだんと衰退し変化していきますが
その形式を元にした邸宅は、江戸時代の後期まで伝えられていきました。


 ◆主殿造

鎌倉時代から室町時代にかけて、主に武家の邸宅として用いられるようになった
建築様式です。
後の書院造の基礎になった様式です。

上段の間、対面の間、納戸などを配し、式台や角柱、畳敷きなどの書院造りの
要素を持っています。


 ◆書院造

室町時代から桃山時代にかけて、武士の邸宅や寺院の建立に用いられて行った
建築様式です。

   
       二条城二の丸御殿 書院造り

その特徴は、接客用の部屋、家族が生活の為に使用する部屋、使用人の部屋
というように用途に分けて、襖などで間仕切りしてあることです。



 ◆数奇屋造

  
        
修学院離宮数奇屋造り

安土桃山時代の茶の湯の流行で、江戸時代になると
書院造に茶室を組み合わせた数奇屋造りという建築様式が主流になってきました。

数寄とは、「風流の道、茶の湯などを好む」という意味で、そこから書院造に
茶室が備わった建物を、数奇屋造と呼ぶようになりました。



 
◆茶室

茶室とはその字のとおり、茶の湯を行なう部屋、もしくは建物のことです。
室町時代から江戸時代にかけて多くの茶室が建築されました。

最初は書院の一部を屏風で仕切っただけのものでしたが、室町時代になると
四畳半の独立した正式の茶室が登場します。

  
     
 高台寺時雨亭



 ◆町屋

商人や職人の店や仕事場と住居を兼ねている家のことをいいます。

その特徴は、俗に「うなぎの寝床」といわれるように
縦に細長い構造になっていて、表から奥までを「通り庭」と呼ばれる土間が貫いています。

そして、「通り庭」に沿って、一番表側に店や仕事場があり、その次に台所
続いて奥の間や座敷、一番裏には庭があるというように
縦一列に続いているのが一般的な町屋の構造です

京都の古くからの町屋は、幕末の戊辰戦争や蛤御門の変の大火で焼失してしまい
現在の町屋は明治時代以降に建築されたものです。
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