庭園

京都の庭園

 京 都 の 庭 園



■平安時代初期の皇族や公家の邸宅の庭園は、周囲の自然の景観を
生かした神泉苑や、大覚寺境内の庭園のように、大きな池を持つもので
様々の儀式や宴遊の場としての目的を持つものでした。


平安時代の中期になると、寝殿造りの邸宅に付随した庭園が
造営されるようになりました。

寝殿の南側に白砂を敷き詰め、池をつくり、池の中に島を置いて
反り橋などの橋を渡すというのが代表的な形式でした。

          
            銀閣寺庭園


平安時代の後期になると、極楽浄土への往生を願うという信仰が広まり、
阿弥陀堂を置いたり、浄土曼荼羅を応用し、浄土の再現を
意図するような庭園が作られるようになっていきました。

この特徴は、極楽浄土は西に求めるという思想から
阿弥陀堂を西に置きその東側に庭園を築くという浄土庭園といわれる
構図をとっていました。

池の中の島に鳳凰堂がある平等院の庭園は浄土庭園の代表格です



■鎌倉時代後期になると、臨済宗の僧であった夢窓疎石が、苔寺で有名な
西芳寺や天竜寺の枯れ山水の庭園を創作しました

水を使わずに石を様々な形に組み立て、また白砂や樹木を使って山や海
川や滝を表現するという方法です。

龍安寺の庭園や、大徳寺大仙院の庭園が枯れ山水庭園の代表格です。

        
         
            龍安寺



■安土桃山時代には、上層階級の武士の邸宅に付随した庭園が
造られる様になり主人の権威を前面に出すという意味から
名石や名木、鶴島や亀島を配するという風潮が流行って来ました。

また、草庵や茶室に通じる露地と呼ばれる庭が造られるようになり
石灯篭や手水鉢、飛び石などを配置し、そこを歩き鑑賞することで茶室に入る
心の準備をするというようになりました。

このような形は寺院の庭園や、町屋の坪庭にも取り入れられていきます。



■江戸時代になると、回遊式の庭園が流行って来ました。
広い敷地内を散策しながら様々に変化していく景色を楽しむように
設計された庭園です。

桂離宮や修学院離宮の庭園が、回遊式庭園の代表的なものです。


            
 修学院離宮


多くの庭園を設計した茶の湯の師範でもあった小堀遠州が有名です。

ちなみに、八坂神社の東に広がる丸山公園一帯は、小川治兵衛による
中央に池を配した池泉回遊式庭園です。

池のほとりには祇園枝垂れ桜で知られる大樹があり
桜のシーズンには昼夜とも大勢の見物人で賑わいます。

     
           
    円山公園しだれ桜



■明治時代の山県有朋の別荘の無鄰菴(むりんあん) の庭園は
山県有朋が自ら設計したもので、東山を借景にして曲線的に
琵琶湖疏水をとり入れ木や石橋などを配した自然な田園の
風景のような作品です。
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